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みんな料理が好きなので、適当に作っても一晩持つ量と種類。でも台所が大渋滞!の過去の教訓を活かして今年は2班に分かれて集合、先発隊が済ませた頃に後発隊到着という頭の良い感じでスムーズに。…この方法は片付けにも影響したのか、洗い物が溜まることがなかった~酒が入っても!
今年はこんな感じで、夕方にはスタート♪
人生初は、酒のつまみのクリームチーズ×塩昆布。うまい!皆で皆が作った料理のレシピを聞きながら自分のレパートリーも広がるのが、これまた贅沢!私は鶏肉のスイートチリソース掛け(評判良かったので、レシピを文末に)
食べては作り足しつつ、宴は朝方まで続き…。
迎えた昼ごはんが、これ。ちゃんとしてる。私たちは野菜が好きだな~。
プレゼントの数々~♪みんな素敵~。
一番の”素敵”は、昨年11月に入籍した友人とハートのブーケ♪皆から♪
昨年のまとめと今年の抱負を漢字一文字で表しながら順番に話す、なんてことも久し振りにやって、皆変化があったし、これからも変化しようとしていることが分かってとても力強かった。
人知れず遂げようとしている目標に向かう皆を尊敬するし、その思いが叶うように応援したいし、私もやるぞ!という気持ちにさせてくれた。
そう、漢字を書いたメモはホストのキタザンが保管。来年の開封が楽しみ♪
今年も皆でスタートが切れて、本当に幸せ♪
ずーっとそんな自分でありたいな。
~鶏肉のチリソース掛けレシピ~
・鶏肉(むね肉でOK)
・玉葱
・パプリカ/ピーマン
・にんにく/生姜
・スイートチリソース(100均で十分!)
・小麦粉
・ガラムマサラ(カレー粉)
・塩コショウ
1.鶏肉の厚みを揃えて切って塩コショウを振っておく
2.食材を2~3センチ位に切り、薬味はみじん切り
3.鶏肉に、ガラムマサラ→小麦粉の順で粉を付けてこんがりと焼く(粉は直前に付ける)
4.鶏肉を取り出したフライパンで野菜を炒め、チリソースと絡める
5.皿に盛った肉にあんかけよろしく掛けて、出来上がり
正味30分くらいでできる簡単料理!トーストでサンドイッチにしてお弁当にもOK。
また1年が過ぎて新しい年が来て、気分はいつもの如く根拠のない自信と期待でワクワク。良い事があって当たり前!と思って生きている私に、今年も?今年こそ!正真正銘の幸が舞い込むことを願いつつ久し振りの更新。
12月はなんだかんだと落ち着いてネットに向かえなくて、気が付いたら今日、元旦という感じ。
何かを見落としている気もする…けれど、ざっと年末を振り返ってみる。。。
親子アート教室をしている施設でのクリスマス会で、私が出した”Hope in the pocket~希望のポッケ”の”願いの樹”。コートに縫い付けたたくさんのポケットにキャンディーを入れて、願い事を書いたお花と交換、そのお花を貼って満開に咲いた願いの樹。
みんなの思いが天に届きますように。叶いますように。
珍友宅でのパーティー。私は例によって黒子として参加!楽しかった~。
実は落ち込むような出来事もあったけど、後日理由が分かったので流せたというおまけ付でもあった。
友人宅で友人の子らと”希望のポッケ”遊びで盛り上がった!
コートに縫い付けたたくさんのポケットに手を突っ込んでキャンディーを探す遊びは、子どもも見守る大人もテンションが上がってみんなで楽しめる。もちろん、私もとっても楽しい!
やってみたい方のお宅へ、出張します(笑) ご一報ください(笑)
そしてその友人宅近所のスカイツリーは、現在ここまで。
29日、いつもの「美しき女4人組」での忘年会。念願の鳥コラーゲン鍋をたらふく食べて、楽しく美味しくもっと美しく!のはずだったのだけど…。
30日深夜から朝まで上から下から大騒ぎ。食べた物を全て出し切ると熱も出て病院へ。正体は、ウィルス性のお腹風邪。予定をキャンセルして一日中寝てしまう。
31日、友人宅での年越しホームパーティーへ。ドイツ人の奥さんが完璧なベジタリアンで肉が一切ないレパートリーは、はからずも今の私にはうってつけのお腹に優しいメニュー!意外だったのは、ドイツの大豆ソーセージ、かなり美味だった。
12時を過ぎた頃に皆で近所の神社へ参拝。かなり古い氏神様は小さくも威厳があって素敵だった。私はひとり隣のお寺へも。甘酒とお清めのお酒を振舞われ、大きなお炊き上げの明かりと橋の架かる池の雰囲気は、深大寺が小さくなった感じ。
友人宅での一番の癒しは、なんといっても友人達のとーっても可愛い女の子!!
この可愛さはまさに天使&フォトジェニック!!
元旦の朝に撮った彼女の写真を加工してA4で印刷、親子で作る手作り絵本の下地を制作。余白にお絵描きや言葉を書き入れて、オリジナルの絵本にしてもらえたら…と想像しながらの楽しい作業だった。
お教室でも、ひとりひとりにその場で撮った画像を加工したりしながらこうやって作ってあげたいなあ。
文章にしてみれば楽しいことばかりの年越し、胸中はそんな単純な訳はなくいろーんな気持ちが複雑に去来する時間だったけれど、今年は自分の弱点も愛しながら積極的に何かに挑戦してみたいし、なんかこう、しなくちゃな、というギリギリの思いというか、後がないというか、今までとはまるっきり違う年越しを味わっている。
一年の計は元旦にあり。
とにかく、2011年をこうやって迎えられて嬉しいし、過ぎて行く時間、新たにやって来る、繰り返しのない時間に感謝。
今年は何か違った良い事のある年に、する。
先週土曜は、親子アートを開いている施設のクリスマスパーティーがあった。
秋から準備を始め、ボランティアでお世話になっている日本イラク医療支援ネットワークの愛さんに声を掛けてステキなユニットで参加していただき、今回、私も初めて参加させてもらった。
終わってみれば、もっともっとやりたいことはあったし、もっともっと頑張れたはずだ!と悔しい気持ちがあってちょっと寂しい。今月は仕事休みの度に体調を崩して十分作業できなかったことが一番の原因で、その不調の原因はというと、仕事の疲れを加速させる”くよくよ思考のいやーなスパイラル”にはまっていたこと。
土曜、愛さんと久し振りに顔を合わせてお喋りしたりソフィアン君のウードの音をBGMに準備をしながら、自分のストレスが取れていく感じと、無意識に相当ストレスを積んでる自分に気が付いた。そのストレスはずばり、仕事のこと。職場の人間関係や相性でくよくよして、自分で自分の首を絞めているんだ、結局。
「私にはやりたいことがあって、それが一番大切なんだからエネルギーはそこに注ぐのが正解。夜遊びなんてしてる暇、ない。」フルタイムでバイトしながら夜学に通っていた若かりし頃、ストイックにそう暮らしていた数年間があって、あの土台があったからきっとその後の美術館でのインスタレーションや商売に繋がったんだろうな、とぼんやりと思い出して、同時にビビっと電気が走るみたいな衝撃があった。
あの衝撃、気持ち良かったな。何かが落ちたような感じの。垢、だねきっと。
昨日は職場の招待券を送った友人が3人、来てくれた。ありがとう。
夜は吉祥寺で職場の人たちとお好み焼きを食べた。美味しかった。
明日は珍友宅のクリスマスパーティーがある。すっごく楽しみ。
明日からは新生SHOKOで行くぞ!
いつかの私みたいに、期待に胸ドキドキさせて生きる!
この先の私の人生に仕事のくよくよはもう積まないんだから!
新生のタイミングにぴったりなこの流れをしっかりと掴んで、次に繋げて行くぞー!
ソフィアン君のウードの音に乗せて絵本の朗読をする愛さん。
イラクには、癌の医療支援を必要とする子どもたちがたくさんいます。
ウードでベリーダンスを披露してくださった愛さんのお友達!ステキ!
クリスマスパーティーの詳細は後日改めて…。
小学校4年か5年生の頃に、母方の叔父からいただいた時計。この金ぴかの時計は、海外を旅しては思い出に時計を購入していた叔父のコレクションから強引に手に入れたもの。宝物みたいでとても気に入っていたけれど当時の私には大きすぎたし、20代の頃は重厚な印象の物が好きだったのでほとんど身に着けた事がない。
しかーし。
やって来ました、活躍する時が!今、身に着けるにはぴったりの気分なのであります!
でも針が止まっている。そうね、まず電池交換しましょう。
彫金の工具と、このタイプの時計の裏蓋を開ける道具はとても似ているので、代用して簡単に開けられる。
さー電池はどこかなー、どのサイズかしらー?ワクワクで開けてみたものの…
・・・あれ? 電池がないし、そんな場所もない。
・・・え~!!手巻きだったのね!!
変わったタイプの留め具に合わせて、手持ちの革で暫定のバンドを制作。2色の文字盤に倣い革も2色使いで。
これでもう大丈夫。ただ、古い物だし長い間使っていなかったので、バネの調子が心配。時間の遅れが無いと良いけど。
ちなみにこれが普段使いのもの。20歳の誕生日のいただきもの。
サファイアガラスに大きな傷、ベゼルも一度折ってしまって修理に出した。我ながらなんて身のこなしの荒い乙女だったのでしょう。ベルトは市澤帆布のもの。結構気に入っているけれど、そろそろ替え時かな。
これも誕生日のいただき物。止まっているので電池交換しなくては…。他にももうひとつ、クロノグラフのいただき物がある(…止まっている)。確かその他にも…。
高校生の頃愛用していたのはダイバーズで、なんだかしょうもない失くし方をしてしまった(確か落としたんだった)。
あれが唯一自分で買った時計だった。
持っているものはどれも決して高価な物ではないけれど、私にとって、腕時計はプレゼントされる特別なもの、という印象がある。
次の時計は、どんな風に手元にやってくるかなあ。
…IWCなんて、待ってみたりして!!
今、NHKスペシャル「日米安保50年」を見ている。
4回シリーズの1回目で、前半から私は心打たれた。
「あの頃の日本人は太平洋戦争が日本に何をもたらしたのか良く分かっていた、
反対運動に加わった人のほとんどはそんな中で育った人達だった、
だから、戦争に繋がる全てのものに対して賛成できなかった」
’60年安保闘争に驚いたアメリカが投入した米大使ライシャワーの、今ではもうおじいちゃんである元特別補佐官が言った言葉なのだけど、私の故郷沖縄では、今でも、隣り合う米軍と共に暮らしながら普通の人々がこの気持ちを持っている。
でも。
彼は「あの頃の日本人」と言った。
今の日本は、アメリカから見て「違う」ってことなんだね。
このおじいちゃんと言い、ジョン・ダワー/John W. Dowerと言い、かつて原爆を落としたアメリカの人達の方が日本や日本人のことを良く分かっている場合と時代があって、それが何を表しているかというと、外交という”政治”と人間としての”生活”には開きがあって、その擦り合わせの中で国も人種も超えた人間としての繋がりやレスペクトが生まれる冷静な倫理観が存在するってこと。でもそれは特別な立場の人たちの話で、そう言う部分、一般庶民は歴史として知ることは出来ても、実像を捉えにくくて忘れがちになる。しかも今の私たちは、政治にしっかりと反映される”票”を投じることすら危うい。でもって私は、日本人であり、沖縄人でもある。
それらをひっくるめて、全てを引き継ぐ責任とやらを改めてずっしりと感じたりしてる。
いつだったか、私は父の沖縄を引き継ぐことは到底できない、だから私から、私世代から未来に向けて始める道を選ぶ、と決めたことがあった。
でも結局、「私から始める」ということから「父の歴史を受け継ぐ」という部分を引き剥がすことはできないし、そう違いはないことに気が付いた。
とにかく。
今、こういうことを考えてプレッシャーを抱えている状態には何かしらの意味があるはず。
私が日本人であり、少し変わった環境下の沖縄人として育った意味が。
いつか分かる日が来るんだろう。
フリーランスのジュエリー作家から調理の世界に寄り道後、アートのクリーエーションに魅了されて現在に至る。
育児支援施設にて親と子を対象とした造詣教室「親子でアート♪」を手掛ける他、下手の横好きで書きモノも少し。
アクセサリー制作は作家の補助、
初心者対象の教室、趣味での制作、など。
ちなみに画像は家宝のPIRELLI Calendar 96 by Peter Lindberghより。
okinawa出身。
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