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たくさんの道草と、ものづくりの合間の独り言。
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昨日の夜は。そんなタイトルの映画があったなあ。筋は忘れたけど恋愛もので。
私の昨日の夜は、女同士いろんな方面の恋愛話を織り交ぜつつ、いろんな幸せを感じた夜だった。
ひとつ。食べたことのない美味しい沖縄料理を初体験。しかも鍋。夏の鍋は最高。
ふたつ。あることについて思い切ってすべて話してみた。すっきりした。
みっつ。友人の結婚がしっかり決まったと確認!薬指の指輪も確認。

彼女の恋については知り合って以降のそれは把握しているはずで、詳細は不明ながら良くも悪くもそれはそれはかなり充実していた。状況や内容については顔色を見れば一目瞭然で、ある時はうまく行っていると言いながらも髪が乱れ、またある時はただでさえ良い女がますますテカテカに光って見るからに精力満点だった。ファッションも都会派な時、お嬢風な時と変遷してその時々を反映して来たし、要するに、彼女における恋の比重は高めである。
その彼女は今、テカテカではなくてしっとり、と言う印象を放ち、左薬指にダイヤの指輪をしている。たぶん、”本物の時”には女性はしっとりするんだろう。
こんな風に今までの全てをうまく発酵させて肥やしにした彼女を手に入れたあのヒトは、世界一の幸せ者だ。

私は感激で胸が一杯だったよ。”キャッ”とピンク系の声を出しつつ他人の幸せを自分のことみたいに喜ぶ幸せを久々に味わった。
そしてやっと、ダイヤのダイヤたる所以が分かった気がした。あの声は、他の石ではなかなか出ないと思う。

本当におめでとう。
パーティー、その前にも何かで遊べるのを楽しみにしている!

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作りたかった苔玉のグリーンに初挑戦!けっこう良い感じ。
植わっている緑は、数年前に株分けして保管していた球根を、昨年鉢に植えたもの。たぶん紫の花が咲くはず。分けた時の大きさは朝顔の種くらいだったのが、今日掘り起こしたらラムネのビー球くらいになっていて、しかも小さいモノがごろごろと増えていた。球根植物って楽しいなあ。

苔玉の下に親子アートのパイプ風鈴が付いて完成の予定。視覚的な涼が音と相まってダブルで取れること請け合い。
さて、私ものど越しの涼をとりに出掛けるぞー!

物づくりで試行錯誤のいつもの一日を過ごして、片付けが終わったら15日になっていた。テレビは、夏恒例の戦争特番だ。
沖縄に生まれ育つ上で経験した、片親が内地の人間であったが故の様々な出来事を久しぶりに振り返った。終戦から65年、私個人が経験したそれらからも20年余り過ぎて、今はどうなのか。沖縄から見てアメリカと大差なかった日本は今、どうなのか。私は誰で、あなたは誰なのか。

先週、「SUNSHINE」という映画を見た。第二次世界大戦前後のハンガリーをユダヤ人一家の目線で綴った物語で、幾度となく変わる体制に翻弄されて犯罪者であったり英雄であったりする中、民族性よりも国家の一員であることに価値があった時代から、現代の”本当の自分とは誰か”という世界共通の、個人的な、しかしよりクリアな苦悩が浮き彫りにされていた。監督の問題提起もまさにこの部分で、”我々の個人的自由とは重要か、それとも取るに足らないのか”と問い掛けている。個人的自由。民族性を前にした、またはそれすらも超越した一個人としての精神的な自由。

映画の中で、息子達が昇進のために改名することを許した一家の長である父が、ユダヤ人としての誇りや宗教の教えは忘れないでくれと告げるシーンがあった。”しかし世界にはたくさんの宗教がありそれぞれに神がいる、自分の考えを押し付けてはならない”と続き、ユダヤ人の言葉としての効果を狙ったものだとしてもとても胸に響いた。それは人間として当たり前のことではなかったか。戦争を経験してもまだ、そこに立ち返れずにいるのか、人間は。経験したからこそ、立ち返ろうと苦しんでいると言った方が正しいのか。

今この世の中でも、民族的な優位性を信じている人たちがいるし、その考え方が広がりつつある地域があることも知っている。個人的なルーツを探ろうとする動き、知りたいと言う渇望が私個人だけではなく既に世界的な「スタンダード」であることも知っている。それらは相反する感覚であると、少なくとも私個人においては真逆であると言えるのだけど、それぞれのベクトルは「目的」が違うだけで出発点は実は同じだ。

神は人間の愚行の前では犠牲者であっても救ってくれないと十分すぎるほど解ったのだから、神の名においての行動は慎まなくてはならない。人のせいにしてはいけないなんて、誰だって分かることだ。しかし情報は溢れ返って、覆水はまさに戻すことができない。たくさんのことを知ったがゆえに距離や新しい差別が生まれるのはなぜなんだろう。社会を思うとき、信仰もなす術もないほどに、なぜこうも寂しいのか。
そんな現代、終戦65年目の夜に。
  
牛乳などの紙パックやフライヤーを紙漉きの要領で何かに作り直す工作、をやってみました。ミキサーを使わなくても、水に溶けやすい紙とのりを使えばしっかりとした物を作ることが出来ます。熱めのお風呂くらいお湯を使えば、更に作業が進みます。

ボールにお湯を入れ、フライヤーを小さくちぎって入れて行き、ふやけたら更に細かくしてどろどろになった所にのり(木工用ボンドなど水性のもの)を加えます。水を切りながらざるに乗せてしっかり水分を抜くのですが、指の腹で押しつつ形や表面、厚みを整えながら絞るような感じで行うと良いでしょう。乾いたらざるから外します。
 
今回は、レースペーパーや更紗、”夏の思い出編”として海で拾った貝殻などを漉き込みました。季節のモノや思い出の何かを加えると、ぐんと楽しくなります。

美術系のフライヤーを使っているので、”アートなペーパーリサイクル”です!

   

ネパール土産だったか、何年も前にいただいたスカートがある。凝ったカットのインド更紗?を縫い合わせた細身のシルエットに、裾と腰には刺繍、所々のアクセントにも刺繍が施されて、色合いも素敵で気に入っている。けれどたった一つ、重大な弱点があって一度も履いたことがなかった。その弱点とは。
ちょっとしたことで破れるんである。

最初のビリッは試着の時。普通の感覚で足を入れ、つま先が少し引っ掛かった途端に大きく裂けた。部屋着にしようにも薄い生地のうまいあてつぎ方が思い付かず、箪笥の奥へ。そして数年が経った今年、やっと引っ張り出してオーガンジーのリボンをあてた。
鼻歌交じりに、でも注意しながら手洗いして、脱水も畳んだ状態で軽く押すだけに留めて、陰干しに。そして待つこと半日。乾いてみたら、…穴だらけだった。
がっくりもいい所である。それでも合計5箇所を接いで、先週のお泊りでの部屋着として持って行き、BBQの買出しに出掛けたりみんなに綺麗なのにもったいないなーと言ってもらったりして満足して、今日、スカートは解体されて色とりどりの布切れになった。今、これを加えて「紙漉き」の試作品を作っている。姿形は美しくてもあのままではまっとうできなかったモノとしての使命が、これでやっと活かされる!
その前に手洗いしたのだけど…新しい穴が増えたのは言うまでもない。

 気が付いたら開花していた真夏のバラ。
Profile
HN:
TOBARU SHOKO
性別:
女性
職業:
Creator
自己紹介:


フリーランスのジュエリー作家から調理の世界に寄り道後、アートのクリーエーションに魅了されて現在に至る。
育児支援施設にて親と子を対象とした造詣教室「親子でアート♪」を手掛ける他、下手の横好きで書きモノも少し。
アクセサリー制作は作家の補助、
初心者対象の教室、趣味での制作、など。
ちなみに画像は家宝のPIRELLI Calendar 96 by Peter Lindberghより。
okinawa出身。

                 
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