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6日振りにPCの前に。
今週は、月曜から熱が出てだるくて食欲不振で、ダウンしてた。そんな時にPCは触れない。PC作業には、かなり体力と気力を奪われるから。私だけかなあ。
そんな中でも時々携帯メールは、した。あの、小さく光った画面が私と外とを繋ぐ唯一無二のものになってて、悲しきひとり暮らしを痛感(笑)
それでも、長くPCを立ち上げてないと気が付いた友たちから水曜、木曜と連絡をもらった。
…うれしい。やっぱり友達がいないと、人は、カンタンに死ぬね!!
ダウンしてる最中、テレビはうるさいのでDVDを引っ張り出して見ていて、そのひとつがアリー・マイ・ラブで、その中でアリーが 「心に一番いけないのは、孤独なんだ」 って言ってた。ドッキリずっしりだ。
人は孤独ではないんですよって言う知人がいるけど、そんな時 ”孤独” は ”所有” と繋がって使われている気がする。
誰かを所有したり誰かに所有されたいと思う”欲”があるから孤独を感じるのだ、それが無くなれば孤独ではなくなる、人は元々ひとりであり、ひとり以上の存在には成り得ないのだから、という感じで。
私はその部分では、達観したくはないかも。
ちくしょう、さびしいぞ、なんて孤独なんだ!って思うのはもがいてて辛いことだけど、同時に人間臭くて人間らしくて良いと思う。
だからもし達観しなくちゃいけないんなら、所有し所有された後でそれを迎えられますように。。。
熱の時に見る夢は、普段と違ってますます辻褄が合わないことが多い。
今回の場合は、雨の日にはその雨音からか 突然アパートの外が激しい吹雪で真っ白になった、とか、同じ作業?動作をやたらと繰り返して気分悪くなる、とか。
でも面白かったのは、ぼけーっと寝ながら色々と考えていて、ある個人的な”突破口”を見つけたこと。余りにも寝続ける時間が長いと寝ててもしっかり考えは続いているらしくて、そのお陰で答えが見付かったって事みたい。
その夜(火曜か水曜だったか)、窓の外は満月の光で溢れていた。空気はぴしっと澄んでいて、空は美しくて。
満月の日には要らないものを考えると良いと聞いたことがあって、夜空に”あーなんてぴったりなタイミングなんだろうか”とぼけーっと思ってたら、ちょっと幸せになった。
ほんと、タイミングってあると思う。
木曜、具合が良くなったから外出しようと思ったけれど友からおとなしくしなさい!と言われて大人しくしてたら、夜、Aussie友だち通称”オサム”が近くまで来てくれて、かつおごってくれると言うので出掛けた。
オサムは良い人なんだけどなーんか、どこか胡散臭い。
「考えたらあかん!イージーゴーイングやで!」って関西弁で言うのも更に胡散臭いし、それを聞くたびに私は ”ぜんぜんイージーには思えませんけど。” って返す。でも、オサムのご両親の故郷・レバノンの話しはとっても面白いし、自国の歴史に関するヨーロッパの植民地支配のことや、要するにアイデンティティの話しはほんと、面白い。どう考えて育って、今遠く日本に住んでいて、真面目な話しどう思ってるんだろうオサム。
「神」についてお喋りしたとき、オサムは 「神はいない。なぜならこんなに世界は紛争に溢れていて、祈る気になれない。でも、もし神がいるとしたら、ひとつだ」って言ってた。
神はいるのか。それは誰で、どこにいて、人種はなんなのか。とか、私は実はぜんぜん興味がない。
だって神様はいるでしょう。
どこにでもいて、誰とかではなく、男でもあり女でもあり、または男も女もいろいろいて、とにかく神は神だ。
祈らなくてはならないとか罰とか恵みとかそんなことも関係なく、祈りたいから祈るんだ。
ただ、神なんていないと思ってしまうに至る出来事を体験した人達のことは、本当にかわいそうだなあと思う。国際社会が手を差し伸べなくてはならない、とも思う。こういうことを思うとき、「きみのためなら1000回でも」って映画を思い出す。
金曜は、友だちと、友だちの展示会を見に池袋東武に行った。今回も素敵な作品が目白押しだった。
勢いと細かさの同居。いわゆる技術。この友はいつか匠と呼ばれるに違いない。
この日は、木曜の夜は小さかった胃も復活して美味しい中華を心行くまで食べた。ダウンしてた時に考えたことや見出した”突破口”について話して、友との会話は一冊の本に匹敵するなーと思った。理解がびっくりするくらい深まる。散らばってた欠片が集まって、整理整頓される感じ。だからまたスペースができて、新しい考えができるようになる。
ほんとにありがたいこと。感謝しています。人は語り合ってなんぼの生き物、だね。
んで、ほら、こういう言葉の中にも 神様はいるって思うよ、私は。
雹の降る寒い一日だった。正確には凍雨と言うらしい。
夜、友人夫妻に誘われて地元の焼き鳥屋に行った。古い路地にあって、以前はスナックやお茶漬け屋が並ぶ暗い通りだったのが、ここ数年 小ぢんまりとしたお洒落な飲食店やギャラリーなどで賑わっている。
友人のご主人は美容師で、知り合って以来 髪を整えてもらっている。2週間前にも10センチほど切って顎のラインのショートボブにしてもらった。何の目的も無く伸びただけだったので惜しくなかったし、痛んだ部分が取れてすっきりさっぱり、元気になった。
一昨日会った珍友も元気になったと認めつつこう言った。
「2008年のしょうこの髪は、正直酷くて見てられなかったよ。今だから言うけど。」
2008年の春、私は突然の大失恋をした。
相手は大使館に研修に来ていたフランス人で、出会いはその一年前、バイトしていた銀座のバー(と書くとかなり硬いけど実体はとっても気さくな飲み屋)の常連さんが開いた下町のお花見だった。研修後に望む職種が見つけられずに帰国が決まった時、彼のご家族から従姉妹の結婚式への招待を受け、その夏の1ヶ月をパリのご実家で過ごすことになった。
何から何まで初めて尽くしで、加えて毎週イベントがあった。第1週目はお母さんの誕生日、翌週は従姉妹の結婚式、次にお姉さんの出産と親友の誕生日、そして最後はお姉さんのご主人の誕生日と、今思えばあらゆるご親戚にお会いしている。彼の叔母さんが福祉ボランティアとして時々預かっていた7歳の女の子に自己紹介したときには、私の名前が聞き取れずに ”あなたの名前はchocolatなの?” と恥ずかしそうにしていたのには胸がキュンとした。あれも立派なカルチャーショックだったと思う。
そのバカンスの後は、日本で一緒に暮らすために彼はパリで大学の卒業と日本の就職口獲得を目指し、私は文字通り休み無く働き、skypeで毎日朝夕2度の会話と手紙のやりとりをして、クリスマスやお正月、バレンタインには会いたいとお互いに全身全霊で願いながらも将来の暮らしに備えようとぐっと堪えては励まし合い、ご両親から時々届く詰め合わせは私に勇気をくれた。子どもみたいだけど仕方なかったし、間違ってないと思っていた。
しかし彼の就職口は見付からなくて、あちらで家族会議が開かれた結果 私がパリに行くことになった。私は調理か彫金か何かしらできそうな気がしたし、パリには県人会とそこに繋がるつてもあったのでさして心配はしていなかった。実際、どうにかなったと思う。
2008年のまさに今の時期に、何個目かの詰め合わせが届いた。中にはラブレターはもちろん大好きなお菓子、お父さんからの香水も入っていた。でもその同じ日の夜に、私は突然振られてしまった。
珍友が言ったのは、その後の髪のことだ。
人間とは、女性とは、私とは恐ろしいもので、気持ちが即座に髪に反映してしまう。
1ヶ月のパリ生活、その硬水のせいだと周りに説明することで私もそう思い込もうとしたけれど無理があった。その頃は胸近くまでの長さがあり、それを思い切って自称”パリの水で傷んだ部分”をばっさりしたつもりだったのに全く落ち着く気配は無く、美容室の床に落ちた自分の髪はまさに ”ゴミくず” で、乾いた心そのものに見えて泣きそうだったことを覚えている。
お風呂では毎日キャップを被ってまでトリートメントをし、乾かした後もトリートメント、効くと聞いて椿油やワックスなど色んなことをしたのに無駄だった。珍友も、せっせと高級なセットをプレゼントしてくれた(そっか、そういうことだったのか!今、合点!ありがとう!)
2008年は、身も心もずーっとそんな感じだったと思う。
2009年春にもショートボブにしてけっこう元気になった感じがしたけれど、美容室の床に散った髪の毛はまだゴミに見えていた。
そして2010年。2週間前。床の髪は、髪に見えた。ゴミには違いないけれど、少なくとも”くず”じゃなかった。まだ潤っている感じがした。
私の心は知らぬ間に落ち着いて、自然の摂理通りに正しく美しく新陳代謝を果たしたのだ!!
どうだ!?
フランス人の彼だが、振った後も”必ず会いに行く”と月一で連絡をよこし続け、私は気にしていない振りをしながらもそれにどっぷりとすがりながら2008年を過ごし、2009年頭、ひょんなことからあちらにはもう恋人がいると判明、昨夏には、大のSNS嫌いだった彼が私が撮影した写真をfacebookに使っているのを見付けて大爆発し、以来もうすっかり冷めた。
最後の最後まで私を振った理由を説明できず、結局彼が彼自身を整理できないと言うことだけがはっきりした。いつか許してくれたら再会したいそうだけど、許すも許さないも、縁があればどこかでばったり会うんだろう。再び親友になりたい、と彼は願っていたが、仮に会えたとしてもそれも分からない。全てはタイミングだから。
ただ、彼がくれた経験やご家族には今でも心の底から感謝している。言葉が通じなくてもショッピングに出掛け、歌を歌い、喧嘩も見て、温かい家族の絆を教えてもらった。
どうしてこんなことを書いているかというと、書けるようになったから。しかもこの時期に。
理由はひとつ、それだけ。
今年は意識して髪を伸ばしてみようか。
そしていつの日か「賢者の贈りもの」のような美しいカップルになってみせるんだ!
…金は持っていたいけどね。
一文字も進まない。
何時間もパソコンの前に座っているのに、テレビをつけたり消したり、cdを聴いたり聴かなかったり。先週、barで下ネタ大魔王と喋っててつい買っちゃったタバコを無理やり吸ったり。お茶は、紅茶から緑茶、珈琲と手当たり次第に淹れてみた。…まだ玉露があるぞ?やだ。今はめんどくさい。
お風呂も入った。
ご飯も食べた。
天の助け!?か1年振りに上海の友達からメールが来て、子育て中で時間が無い彼女が読み易いように、と2部構成の返事を書いてみたけど、それももう送っちゃったし。
レポートが書けないの。時間潰ししてるの。なんでだろう、難しいの。
ふと頭に浮かんだ言葉は、「弱虫毛虫、怠け虫。体の中は、みどりいろ。」。
我ながらなんじゃそりゃ。
でもね、毛虫って、本当に体の中が緑色なんだよね。
そうだ、今年 縁あってミャンマーはシャン民族のパーティーに友人と参加させていただいた時、とても美味しくて珍しい絶品料理の数々の中に Roasted chaterpillars があって、その生々しい外見とは裏腹にものすごく味わい深くて驚いたって出来事があった。その後友人と調理法について考えてて、
”きっと、絶食させて身体の中を綺麗にしてから炒ったんだろう、だからえぐみが無かったに違いない”
とコメントしたら、
”…えぐいね。”って返された。
あの時はそうかなーと思ったけど、そうね、いもむしは緑を食べているんだから絶食させなくても良いのかも。ある時期の鮎みたいにそのままで美味しく行けるのかもなあ。
ますますえぐいですか、もしかして。
そう、昨日は東京オペラシティのギャラリーにセシル・バルモンドを観に行った。
18時以降は半額になるのでもちろんその時間を狙って、昼間は初台にいたという珍友に渋谷から戻ってもらって一緒に見てあーだこーだ好き勝手に話してたんだけど、後半になってやっと凄さが分かり、珍友と一緒に「今まで浅はかでごめんなさい」って謝った。
仕組みが分かると面白くなったし、何かのヒントをもらえた気がした訳だけど、そう言うことは色んな方面でそうで、つとアートと呼ばれるものについては表層から内面を、内側から外見を理解するのは難しいなあ。
いや何かあるはずだと思い返してみても、展示会場にあった言葉の数々が回顧的に感じた印象は今も変わらないし、プロジェクターの画像については池田亮司のかっこ良さを思い出したりと、やっぱり良く分からないかも。ごめんなさい。
あの、”構造物”という物体として存在するもののバランスの素晴らしさやかっこよさは、理系の人ならもっともっと深く感じ入るのかなあ。
どうなのよエレメント。「エレメント」って言葉は、大好きだ。語感的にも。
さあーて、そろそろ戻ろうー。
書けるといいなー!
↓ これが、空炒りいもむし。 ↓ 三角柱じゃどうよ、と描きなぐったメモ。
彫金学校時代の友人そして同僚であるこの4人は、昨年、E丸とMちゃんが御徒町でばったり遭遇したのをきっかけに会いだした。
E丸とは4年?5年?ぶりの再会で、昨夏にはTっこちゃん邸恒例のBBQでも顔を合わせ、それからまた何の違和感も空白の(と書くと仰々しいけど)時間も感じることなく会えるのだから、不思議。
もともと気が合うんだな、きっと。
この4人に限らず、彫金の友達は皆なぜかベトナムとかタイの食べ物が好きで、いっつもそれ系のお店になる。食べて、呑んで、ワイワイやってる内に辛さとアルコールが身体中に行き渡り、話は更に熱を帯び、口も滑らかになって行く。
そしてなにより、みんなとても美しい。嘘ではない。ほんと、ウツクシイ。
ここに男子がひとりでも交ざってしまったら台無しになってしまうと思えるような完璧な美が、そこにはある。
重ねて言うが、本当に、嘘ではない。
アジアンレストランで美しい「大人の女性」が4人、ひと目もはばからずに思いっきり楽しんでいたらそれは私達である。
勇気があったら、ぜひ 声を掛けてみて欲しい。
ただ、人数はその時々で増減するので気をつけられたし。
美しさは外見だけの問題ではない。
あーなーんだやっぱりね、と思われそうだが続けると、美しさは、その”質”が醸し出すものなのだ。
しかしながら。 そもそも”美”とはなんであるのか?
美しく輝いている人には迷いがない。
その時をその時として生きることに没頭していると、人は最も美しくなる。と私は思う。
くどいようだが、タイ料理とお酒と友達とのお喋りを心底楽しむ私達は、自分でも確信できるほどにホント、美しい。
私達の目標は4人であの場を楽しむことであり、そこには迷いもなければブレもなかった。だから結果として美しくなれるし、事実 美しいのだ。
男子が交ざったら台無し…というのは、あの面子のあの時間には必要のない要素が加わってしまうからだ。
まあ、それはそれで別物の集いってことで楽しそうではあるが。
ただ、昨夜最も心を動かされた話題 「ゴルゴ13のデューク東郷は、28歳。」 「Sさんは変わっている。」へのあの熱いトークはなりを潜めるであろう。
楽しく皆と別れたあと、私は地元のバーに行った。
週末にはほとんど行かないのでその混み具合に驚きつつ隣の人と話していたら、常連さんがやって来た。
…土曜の人だって聞いてたのになー。
この常連Gさんは下ネタ大魔王で、どうしてもそう言う話しをしないと気が済まない。だから私は、毎回 おごってもらわないと気が済まない。そうやって酒がどんどん進むうち、毎度の事ながら ”おとこの本質” みたいな話しになって行った。
下ネタなんだから真新しい話題なんてなくて、科学的根拠があるとかなんとか神妙に話し始めても、要するに男の身体と頭は別物だってオチになる。
だから女はそこを責めてはならないんだそうだ。
女にも少なからずそういう部分はあって、人間だけでなく生物には性別に関係なくそういう欲求はある、とかそういう方面に話しを広げてみようとしても、毎度なんだかんだと丸め込まれて悔しい思いをする。
彼は、常に「男」を中心にして一方的にサガを語りたいだけだからだ。
何が言いたかったかと言うと、Gさんみたいなタイプの男性諸氏には、タイ料理屋での美しい私達は理解できそうもない、って事だ。
うっかり遭遇しようものなら、彼の目は私達の眩さに潰れてしまうかもしれない。
私、オンナでよかったわ(笑)
人生の”分かれ”道に立った男は、誰と”別れ”てどの道を選ぶのか…。
思うに、人はいつでも何かしら選択しながら生きている。
煩わされることなくやり過ごせる些細なことから、なぜ自分に降りかかったのだ、と苦しみに悶絶するような、人知を越えた出来事までその幅は無限にも思えるほど広い。
最近、とあるSNSでこんな質問を受けた。
「人の人生はその人が思った通りになると思いますか、それともそこまでの力はないと思いますか?」
質問の主は20代のプロの格闘家で、一度も会うことなくここ3ヶ月の間に何度かやり取りをしている。私の言葉の何かが誘ったのか、試合が近いと言う彼の精神状態がそうさせたのかは分からないけれど、とにかく唐突な投げ掛けに多少面食らった。
しかし、すぐにイメージは広がった。
それは、どこまでも伸びる樹木のような、縦横無尽に迷走する菌糸のような、
無数の「わかれみち」だった。
以下、その時の返事を。
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なんでしょうか今回のご質問は(笑)
でもスピリチュアルな話しを哲学的な方向に持っていくのは好きなので、 私なりにお返事しようと思います。
人の人生には、常にいくつかのストーリー、選択肢があるように思います。
突発的な出来事により一旦はその選択肢がぎゅっと狭まり(たとえば1000あったのが100になる、とかそんなイメージで(笑)、 その中で動かざるを得ません。というか、動くことができるようになります。 選択肢が狭まったことで、行動が楽になる、機敏になると言いますか。迷う余地が少なくなる分動きまくると言いますか。
そこでグッと方向転換します。
しばらく経てば、また選択肢は増えて歩みがゆっくりになる。
そしてまた、意思とは関係のない突発的な出来事が起こる。
そういうくり返しだと感じています。
それらは何かに関係していて、どこかに導かれているのかもしれない、と思うことがあります。 運命としかいえないようなタイミングの体験は、それ以外に考えようがない。
と、ここはスピリチュアルな感じで眉唾なのですが(笑)、 その中で良い選択をするには、それまで真剣に考えてきたかとか、準備してきたかとか、そういう経験に裏打ちされた判断力が必要で、現実的なサバイブ力が問われます。
ですからどんなアクシデントも、それはどのストーリーを選択するのかの分岐点に来たという合図である、と感じます。
以上のことから、ご質問への答えは、
人は、人生において、正しい選択をする力は確実にあると思います。
思った通りになるかどうかは、正しい選択ができるかどうかという言葉に置き換え可能なら、なる、と言えるのではないでしょうか。
しかし、思った通りの人生であるかどうかは、未来の自分のみが知っているのかもしれません。
…こんな感じでいかがでしょうか^^;
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この返事を書いた後、友人達と似た話しをする機会を得て同じように答えた。
友人の一人は泣いた。
別の友人は、 ”あんたはもう、いつ死んでも大丈夫!” と唸った。
私達はワインを何本か空けて、とても良い気分だった。
改めて読んでみて思うことは、「答えなんかない」ってことだ。
今 どんなに考えても分からないことがあって、だからこそ正しく選択しようともがいて、そうやって時を積み重ねながら未来の自分に自分を委ねて行く。
それを人はなんと呼ぶのだろう。
私はまだ、しっくりと来る言葉を見つけられずにいる。
フリーランスのジュエリー作家から調理の世界に寄り道後、アートのクリーエーションに魅了されて現在に至る。
育児支援施設にて親と子を対象とした造詣教室「親子でアート♪」を手掛ける他、下手の横好きで書きモノも少し。
アクセサリー制作は作家の補助、
初心者対象の教室、趣味での制作、など。
ちなみに画像は家宝のPIRELLI Calendar 96 by Peter Lindberghより。
okinawa出身。
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