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たくさんの道草と、ものづくりの合間の独り言。
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今、NHKスペシャル「日米安保50年」を見ている。
4回シリーズの1回目で、前半から私は心打たれた。

「あの頃の日本人は太平洋戦争が日本に何をもたらしたのか良く分かっていた、
反対運動に加わった人のほとんどはそんな中で育った人達だった、
だから、戦争に繋がる全てのものに対して賛成できなかった」
 
’60年安保闘争に驚いたアメリカが投入した米大使ライシャワーの、今ではもうおじいちゃんである元特別補佐官が言った言葉なのだけど、私の故郷沖縄では、今でも、隣り合う米軍と共に暮らしながら普通の人々がこの気持ちを持っている。
でも。
彼は「あの頃の日本人」と言った。
今の日本は、アメリカから見て「違う」ってことなんだね。

このおじいちゃんと言い、ジョン・ダワー/John W. Dowerと言い、かつて原爆を落としたアメリカの人達の方が日本や日本人のことを良く分かっている場合と時代があって、それが何を表しているかというと、外交という”政治”と人間としての”生活”には開きがあって、その擦り合わせの中で国も人種も超えた人間としての繋がりやレスペクトが生まれる冷静な倫理観が存在するってこと。でもそれは特別な立場の人たちの話で、そう言う部分、一般庶民は歴史として知ることは出来ても、実像を捉えにくくて忘れがちになる。しかも今の私たちは、政治にしっかりと反映される”票”を投じることすら危うい。でもって私は、日本人であり、沖縄人でもある。
それらをひっくるめて、全てを引き継ぐ責任とやらを改めてずっしりと感じたりしてる。

いつだったか、私は父の沖縄を引き継ぐことは到底できない、だから私から、私世代から未来に向けて始める道を選ぶ、と決めたことがあった。
でも結局、「私から始める」ということから「父の歴史を受け継ぐ」という部分を引き剥がすことはできないし、そう違いはないことに気が付いた。

とにかく。
今、こういうことを考えてプレッシャーを抱えている状態には何かしらの意味があるはず。
私が日本人であり、少し変わった環境下の沖縄人として育った意味が。
いつか分かる日が来るんだろう。
 

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HN:
TOBARU SHOKO
性別:
女性
職業:
Creator
自己紹介:


フリーランスのジュエリー作家から調理の世界に寄り道後、アートのクリーエーションに魅了されて現在に至る。
育児支援施設にて親と子を対象とした造詣教室「親子でアート♪」を手掛ける他、下手の横好きで書きモノも少し。
アクセサリー制作は作家の補助、
初心者対象の教室、趣味での制作、など。
ちなみに画像は家宝のPIRELLI Calendar 96 by Peter Lindberghより。
okinawa出身。

                 
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