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たくさんの道草と、ものづくりの合間の独り言。
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今日8/6は広島に原爆が投下されてから65年目の日。
世界唯一の戦争による原爆被害を受けた日本。その教訓も虚しく、世界には被爆、被曝問題が山積している。人為的なそれは、本当にナンセンスだ。

国連事務総長の連日のテレビ出演や、アメリカやフランス、イギリスの初の式典出席者の言葉は、外交とパワーバランスを強く意識させる。日本はどうなのか。
日本人としてただ生きているだけでどこかの何かに加担しているような現代社会にあって、少なくとも下品にはならないようにどうにか試行錯誤して行きたいな、と思う。

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写真のお花は、15年近く育てているものでたぶんアマリリスだと思う。彫金学校の同期が花屋でバイトしていた時、捨てられた鉢ごとくれた球根1個から増えた。今では鉢の他に横長のプランター2つに株分けして、その後も増え続けている(なんと、鉢からもりもりっと出ては零れ落ちたりする!)。
毎年9月が咲く時期で、球根に力を溜めるのか開花の3週間くらい前に葉が全て落ちるので時期がずれてもだいたい予想は付くのだけど、その”葉落ち”が今年は6月下旬から始まって、本当におかしな気象なのだなと実感してはいた。
それが昨日、一気に開花。なんとその数24個。普段は少しずつ、順を追って2週間ほど掛けて咲いて行くのに…。
束になってお顔を見せてくれるのも美しくて何よりゴージャス、幸せ気分。でもなんか少し寂しいような…。

人生初の真夏の両手両足蕁麻疹がようやく治まって、2日前からクーラーなしで寝られるようになった。暑さで蕁麻疹なんて、本当に異常だ。
でもバラも次々と蕾を付けているし、植物にとっては最高なんだろうな、この夏は。

  今年はどんどん咲く!

珍友に誘われて、珍友が敬愛して止まない人類学者の中沢新一さんの講演会に行って来た。今回は雑誌「ソトコト」に連載されていた、坂本龍一さんと縄文を求めて聖地を巡る旅をまとめた本の出版記念。
中沢新一さんの講演はこれで二度目で、今年の2月だったか、世田谷パブリックシアターの芸術監督である野村萬斎さん企画の解体新書というシリーズでの”『依代(よりしろ)』~宿りというポイエーシス(創造)”が最初だったのだけど、人類学と言えばライアル・ワトソンと柳田国男で止まっている私にとってそれはとても刺激的な時間で、その後珍友と熱く語っては終電を意図的に逃し(!?)、"日本人として外に打って出るにはトラディショナル・ジャパンを意識することが最良の策である!”と泊り込んで更に語ったと言う経緯があるだけにワクワクして出掛けた。が、坂本龍一さんが冷静なので今回はそこまで熱くはならなかった気がする。
ただ、今回も個人的に琴線に触れる言葉があって、それは何かというと”日本人は多民族である”、そして”死ぬ時は母国語の通じる所で”という坂本さんが本に残している言葉だった。

「日本人は多民族」。先住民族であるアイヌの人々や琉球人の現在の姿を見てもそうなのだろうなあと想像することが出来るのだけど、それ以外の、いわゆる内地には特筆すべき特徴は無いような気がする。日本人がそう思うのだから、コーカソイドの大陸の人々から見れば”均一な民族”と呼ばれても仕方ない、と思う。現にミネソタの友人からのメールには、”日本は、文化だけでなく民族としての均一性がとても興味深い”とあった。

その友人とここ最近の話題で多く触れる事柄に、友人のルーツがある。了承を得ぬままに書いてみるので後で削除してしまうかもしれないが…
友人のご両親は、フィンランドからの移民としてミネソタに移り住んだ。国をまたぐ=文化をまたぐと言う意味では私の両親も経験しているので、始めはアイデンティティ・クライシスについて質問してみたが、それについての友人の内面はとても整理されていてどちらかと言うと私の方がとっちらかっているのは、住む国や環境のせいだろうと思う。私達は同い年でお互いの親の年も似通っているので歴史が追いやすく、最近はww2の話題も多くなり、かつてのソ連と接するフィンランドはさぞ大変だったろうと質問した所、こういう返事をもらった。
”父や父の家族は避難民として故郷であるkareliaを出た。その後kareliaの東側はソビエト/ロシアに占領され、二度と戻らなかった。日本のkuril Islandsと同じように”。
一瞬「?」となるのは私だけではないと思う。kuril諸島とは、北方領土のことである。
アイヌの人々については時々触れても、アメリカ人の友人から指摘されるまで私は北方領土の問題をすっかり忘れていた。それよりもまず、友人が知っていたことに少なからず衝撃を覚えた。私って国際レベルでも非常識なのかと不安にもなった。突っ込んだ所、大学でロシアと日本の歴史や地理を学んだと言うことだからほっとしたのだけれど。
お父様と故郷のその後だが、友人もお父様もkareliaのその地を訪れたということで安心した。故郷を離れた時は4歳だったお父様は当時を良く覚えているということだから、さぞ寂しい思いをなさったことだろう。友人にも書いたけれど、故郷を失くすことは、人生で最も悲しいことの一つだと思う。

”死ぬ時は母国語の通じる土地で”。坂本龍一さんのこの言葉は、もっと言えば”死は故郷で迎えたい”と言うことなのではないだろうか。それが叶わない人達が、世界にはどれだけいるのだろう。
そして私はどう願うのか。珍友は完全に私の描く縄文人の風貌である。珍友に言わせれば、私は弥生人らしい(まあ、否定はしない)。故郷が同じでも違いがあるのは面白い。だから死ぬ時は、幸せであればどこでも、周りがモンゴロイドでもコーカソイドでもなんでも構わないかな、私は。加えて自分のルーツを理解し、そして世界が平和であればもう言うことはない。
あと、もうひとつ。人類学を考える時、日本人としての今を必ず日本の外、アフリカ大陸だったりユーラシア大陸だったりそう言う大きな規模で考える。グレートジャーニーも新説が出てきている様でとても楽しい。
自分の起源が外にあるのは、私には救いに思える。そして人類はひとつの出である事を思う時、心はとても平安に満ちた心地がする。今回のテーマである聖地がある時代までは世界的に同質であったことも、自分の足元を掘り下げつつ視野を広げる良いきっかけになった。
人類の”求め”とは何か。こういう大きな大きなロマンはきっと、いつか人類を救うとそう信じている。

なんだかまとまらないけど、講演会の後で思ったことを。

*写真は抽選で当たったサイン本。どっちがどっちのサインかは分かりませーん。



木曜。友人宅へランチに。”残り物だけど…”と出てきたのはこのラザニア!こんな残りものなら毎日いただきたいですー。しかもこの友人宅にはいつでも手作りの焼き菓子があって、今回はパウンドケーキと、有機栽培のお茶っぱを使ったケーキの2種があった。すべて美味しくてあっという間にペロリ。そう、他にも、フエルトで出来たハンバーガーのおもちゃと、裁縫がプロ級のお母さん作のストール(着物のリサイクルらしい!)を誕生日プレゼントに。息子くんも最高に可愛かったし楽しかった。本当にありがとう!

金・土曜。情報通信研究機構という施設の一般公開で受付のアルバイト。元々こういう研究機関のイベントが大好きで、子ども向けの体験コースに何かしらヒントを得られたら…と参加。残念ながらこれといった収穫は無かったけれど、わんさかやって来た子どもの対応を個人的に楽しんだ。しかし楽しみすぎたのか、余り良い顔はされなかった気が。イベント系の仕事は雇用側との息が合わないことが多いので、不向きなのだろうなあ、と思うけど、どうあっても数日で終わってしがらみのないのが、こういうバイトの利点かと。

昨日の夜は、地元の花火大会だった。絶好ポイントに住んでいる方からお誘いを受けていたけれど、バイトもあってお断りしていた。最寄り駅からの帰宅途中、屋根の上に少しだけ見えた花火に”今年はこれで…”と思っていたら、自宅に近づくにつれてどんどん視界が開けてきて、なんとあと1分で着く、という場所に良いビューポイントを発見。案の定、そこら辺の建物からどんどん人が出てきて、最初は一人だったのに気が付けば10人くらいの集団に。周りの話し声によると、毎年ここに来る人もいるらしい。

花火を見ながら思ったこと。
昼に、お母様の訃報を知らせてくれた友人のこと。
メールからもその辛さが伝わってきた。時間を掛けて返事を書いたけど、今どうしているかなあ。

大きな音は、悲しみの涙を誘う。瞬間の美しさで空に大きく開く花火は、尚更だ。
綺麗な花火だった。

またしても珍友に声を掛けてもらって、金曜、現在赤坂ACTで公演中の舞台、中村勘三郎の「赤坂大歌舞伎」に行って来た。

初めての歌舞伎、1部は古典ではなく落語の「人情噺文七元結」ということもあって、初心者には入り込みやすかったかも。演者の巧さが笑いの方向にも活きていて、たくさん笑ってとても楽しめた。後で教えてもらった所によると、実はこの話の見せ場は落語ではもっと強く、グッと来る感じで描かれているそうで、ちょうどその辺りで前に座っていた方が鼻をすすっていたのはきっと落語を良くご存知なのだろう。
舞台を見て笑ったり泣いたりするのは、規模の大小に関係なく映画とは全く違う湧き上がる高揚感があるから大好きだ。人物は小さくて詳細も良く分からなかったりするのに、見えないからこそのイマジネーションの広がりや同じ空間にいる力は凄いなあ、と心底思う。頭の中のカット割りは、きっと見ている人の数だけある。

舞台の後、一緒に観劇した4人で居酒屋で飲みながら色んな話しをして、聞けて、これもすごく良かった。話を肴に飲むのが当然だった20代、酒を肴に話が中心になって来た30代。素敵。それももう後半だけど、30代バンザイ。これを独り身で楽しんでちゃいけないわ!パートナーとも分かちあわなきゃ!ほんとに誰か、良い人を紹介してください。

さてその後は、言わずもがなのサウナな週末の最終電車で帰宅、スーパーで親子アートの材料にするペットボトル入りの水を購入してアパートまでの道々頭に浮かんだのは、歌舞伎でも酒の肴でもなくて、「狼」だった。

今週ミネソタの友人が、ミネソタを拠点に活動するフォトグラファーの写真集を送ってくれた。ミネソタやカナダと接する北アメリカの自然を90日の旅の中で記録したもので、ナショナル・ジオグラフィックのカメラマンでもあるらしいその人の写真の中には数点、狼があった。それはとても印象的で、狼に倒された鹿の凍てついた瞳のカットには、自然の輪廻へのナチュラリストらしい思いが綴られていた。編集者が寄せた言葉を英語が苦手なりに読んだところによると、この人は”The wolf guy"との異名を持つらしい。

そこで鮮明に思い出された1冊の本がある。シートン動物記の「おおかみ王ロボ」だ。
小学校の教科書に一部が載っていて、短いそれを読むだけで胸が締め付けられて、すぐに図書館に走って何度も何度も読んでは泣いた。ブランカとの愛、仲間との絆、リーダーとしての誇り、そして人間との、相容れない生きる道。
何に気持ちが高揚して涙が出たのかを真面目に考える必要なんか無いのに、観劇と酒とサウナでぐるぐる回る頭はずーっと突っ込み続け、結果歩くこと15分、答えが出た。
寂しかったからだ。ブランカが捕まったこと、死んでしまったこと、自分が捕まったこと、仲間に見限られたこと、シートン博士の嘆き。全ての出来事の裏に寂しさを感じたからなんだなあ。人間に屈することなく餓死したロボの最期だって、今考えれば寂しくてたまらない。捕えてもなお食べ物を与え続けた人間の行為も、寂しいじゃないか。

子どもの頃は、たぶん「かわいそう~!」と言いながら泣いていたと思う。
今は、寂寥感にいたたまれない心地がする。
自分の気持ちであっても勘違いしたり、それに気付かずそのままにしたり理解するのに時間を要したりするのもまた、一種の寂しさと言えるかもしれない。

また読んでみようかな。 …うう…ロボやぁ~い…!
 

Profile
HN:
TOBARU SHOKO
性別:
女性
職業:
Creator
自己紹介:


フリーランスのジュエリー作家から調理の世界に寄り道後、アートのクリーエーションに魅了されて現在に至る。
育児支援施設にて親と子を対象とした造詣教室「親子でアート♪」を手掛ける他、下手の横好きで書きモノも少し。
アクセサリー制作は作家の補助、
初心者対象の教室、趣味での制作、など。
ちなみに画像は家宝のPIRELLI Calendar 96 by Peter Lindberghより。
okinawa出身。

                 
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